blog: Mandal-Art Eye

今泉浩晃のMandal-ArtEye

iMandalArt のアーカイブ
November 16th, 2009 Hiroaki Imaizumi

中心セル に向かって

■ 思考の技術とは「問い」の技術

「優れた問いは 答えを半分引き出す」と言われる。

まったく その通りで

優れた問いを発見したときには 名答が生まれる。

考えてみれば

思考の技術とは 問いをつくる技術であることが分かる。

そして

「問い」となれば 誰にも負けないのがマンダラだ。

マンダラ遣いとは 何あろう

<問い遣い>に ほかならない。

それに気づくことが マンダラ遣いになる早道 コツだ。

■ マンダラートとは 中心セルを開くこと

もし あなたが マンダラートは難しい と思っているなら
それは とんだ大間違いだ。

世の中には あまたの「手法」や「技法」があるけれど
マンダラートほど 簡単明快な手法はない。

なぜなら 中心セルに書いたことを
周辺セルの8つに 展開してみるだけ だからだ。

だから 小学生だって 使えるし
いや 小学生のほうが 先入観などがないだけ 自然に使いこなす。

そして何よりも 使って簡単なくせに 使ってビックリな 効果を出す。

何と言っても アタマが動いて 周辺セルが埋まっていくのだ!

8つのセルを埋めたときの満足感は 他の手法にはない。

何と言おうが 8つの周辺セルが 埋まっているのだから。

もし埋めきれない場合でも あとイクツ埋めればいいかが見えるから

もう一息だ あと1つだ と 自らを励ますことが出来る。

8つで足りない場合は どうするか って?

心配無用 並列マンダラでどんどん出せばいい。

が 出した後で8つに絞り込んだ方がいい。

その方が マンダを見い出すことがラクになるからだ。

考えるということのゴールは マンダを見つけることなんだ。

あなたは そのこと(考えるテーマ)のマンダを見つけたくて
考え始めたはずだ。

この場合のマンダとは 一番いい解決法ということだ。

考えたからには 一番いい答えを見つけ出したいじゃないか。

ならば 一番いい答えかどうかは どこで分かるのか?

■ 答えを決めているのは あなた なのだ!

マンダラを開いて どんな答えが出ればいいのか?

気づいているかどうか

私たちは というか 私たちの脳は
どんな答えが出るかを 考えるときには 分かっているのだ。

ほぼ こんなことになるだろう という「予測」を持っている。

私たちの行動は すべて「予測」に基づいている。

脳の最大の機能は この「予測」だ と言っていい。

こうすれば こうなる。

今の状況の後には このような状況になるだろう。

こうした「予測」を基にして 私たちは 行動しているのだ。

思考も この例から外れていない。

こう考えれば こうなるだろう という「予測」が立っていて 考えるのだ。

つまり あなたが 何かを考えるときには

あなたが この程度まで「考えよう」という「予測」に合わせて考える。

そして 「この程度」は 人によって違ってくる。

まあまあの答えが出れば いいか と思う人と

これまで誰も気づかなかったような答えを出したい と思う人との間に

どんな違いが生まれるか 言わなくても分かるだろう。

つまり 答えは あなたが決めている。

■ 自分は どんな予測をしているのか?

ということで

「優れた問いを発見したときには 名答が生まれる」

という最初の問いは

自分自身への問いだ と解った。

そして その自分への問いの 最初は

「自分は どの程度の答えを出そうとしているのか?」 だ。

マンダラの中心セルがある。
そこには 考えるべきテーマが載っている としよう。

さあ この中心を どう展開していくか という その前に

この問いを出してみるのだ。

今は そんなことをしている暇はない と言うかも知れない。

しかし これまで述べてきたように

この「ひと手間」を使うかどうかで 答えに大きな差がうまれるとしたら

これは重要な問いになってくる。

中心セルに向き合ったら まずは自分に問うべき言葉

iMandalArt の ART の2のマンダラが その問いのサンプルだ。

■ 意外に重要なのが 「誰のために考えるのか?」

「何のために考えるのか?」 という問いは素直にうなづける。

しかし 誰のために? は 少し意外かもしれない。

けれども人間の行為には この「誰のため?」が意外にチカラを持つ。

例えば あなたが (ビジネスで)何かの企画を考えなければならないとしよう。

それは 誰のために考えることなのか?

上司の 課長? 部長? のため なのか?

会社のため なのか?

社長のため なのか?

自分のため なのか?

自分のいるセクションのため なのか?

お客さまのため なのか?

販売者のため なのか?

国家のため 世界のため なのか?

考えれば いくつもの「人影」が ちらつくだろう。

だから マンダラ。
8人までなら大丈夫だから 書いてみよう。

もちろん 書いたセルは展開できるから
もし この人のためというなら どうしてあげたいのかを書いてみる。

こうして書いた「誰か」の満足を得るため
という答えのレベル(どの程度かという程度)が明らかになってくる。

これが あなたのミッションなのだ と解る。

それに応えようとするなら 全力を挙げなければならないではないか。

創造性とは こうして発揮されるのです。

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November 1st, 2009 Hiroaki Imaizumi

iMandalArt のこれから

■ iPhone 時間は まさに 「光陰矢のごとし」

iMandalArt をリリースして 2ヶ月とちょっと 経った。

だが 体感している時間は
もう何ヶ月も経ったように思えているのは なぜだろう?

それが 今と言う時代なのかも知れない。

もちろん 私たちは iMandalArt をリリースした その日から
次なるステップを進めていた。

まずは X-Server の導入による
MandaCloud(仮称)のテスト開発のスタートだ。

まずは その話を 少し しよう。

■ データのインポート/エクスポートは ぜひ したい!

開発当初から懸案になっている データのエクスポートとインポート機能だ。

この機能が必要不可欠であることは 言うまでもない。

問題は どのようにして それを実装するか だった。

もちろん OPML(*注)  のようなデータを吐き出すことは可能だが
私たちが考えているのは マンダラ・ファイルそのもの のやり取りだ。

マンダラートは 他の「思考のツール」とは違って
この上に コンテンツを構築していける機能を持っているだけに
マンダラ・ファイルでの インポート/エクスポートは 絶対に欲しいのだ。

その解決を求めていくと
当然のことながら クラウド・コンピューティング にたどりつく。

それが X-Server によるクラウド・コンピューティングへの挑戦だ。

クラウド化することで

データのバックアップも はれて(?)ユーザの手で管理できるし

特定のマンダラ(ファイル)を
複数メンバーで共有することなども 可能になる。

何よりも Macや PC画面で マンダラートと向き合える。

しかも クラウドだから マシンを問わない。
ブラウザさえ動けばOKなのだ。

テスト開発は順調で あと少しで
ヴェールを脱がせる日がくることを お知らせしてしておこうと思う。

*注
OPML(オーピーエムエル)=Outline Processor Markup Language
元々は文書のアウトライン構造の情報を
様々な環境で交換するために考案されたデータタイプ。

■ もちろん App自体も進化させる

マンダラートの開発は
あくまでも 脳を最良の環境で使うためには どうあるべきか?
という ソフト設計がスタートラインだ。

ああもしたい こうもしたい というソフトのデザインと
開発環境を どう噛み合わせるか だ。

それは 思うほど簡単ではない。

けれども 着々と バージョン2への歩みは 進められている。

先ほど OPML でのエクスポートの話をしたが

これはこれで あれば便利な機能には違いない。

クラウドとは別に iPhone 本体にプログラムしようと思っている。

操作性の向上をも含めて
こちらも 間もなく その内容をお知らせできると思う。

まだ3ヶ月と経たないうちの バージョンアップの予告。

かってなら とても考えられないスピードで
われながら驚いている。

しかし これもまた

iPhone 時間のなせるわざ ということだろうか。

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October 27th, 2009 Hiroaki Imaizumi

なぜ MANDA なのか?

■ 人間は 記憶で 出来上がっている

私が 私であったり あなたが あなたであること
その違いは 脳をはじめとして
肉体に蓄積された<記憶>の 違いだ。

その人が どんな<記憶>を 構築してきたか?

その違いなのだ。

さらに 言い切ってしまうなら

この<記憶>の 内容こそが
その人の <能力>なのだ ということになる。

これは アタマの話ばかりではない。

スポーツなどの運動能力も 脳の記憶なのだ。

運動能力とは ある状況での 身体の動きを
反復練習することによって

大脳から小脳へ そして身体の筋肉へ伝達される経路を
脳へ 身体へ 記憶させることに他ならない。

自転車は 一度乗れるようになってしまうと
一生忘れることがないけれど
それほど 身体記憶と言うものは 強いものなのだ。

私たちが行う 日々の思考や行動 あるいは学習は
この<記憶>を形成することに 結びついていく。

思考や行動は習慣だ と言われるけれど
その習慣までになった <記憶>のことである。

マンダラート的に表現すれば
あなたのマンダ(本質)をつくっている<記憶>ということになる。

■ 能力は <記憶>と<思考の方法> で発揮される

あなたの<記憶>は あなたの思考と行動を創っている!

考えるという行為は あなたの<記憶>が行うのだ。

それは マンダラートを使う場合も変わらない。

考えるのは あくまで人間の脳であり
その脳の中にある<記憶>なのであって
マンダラートが モノを考えてくれるわけではない。

では マンダラートは 何のためにあるのか?

あなたの<記憶>を活性化し さまざまに編集させるためにある。

そして その思考の結果を<記憶>にフィードバックさせ
<記憶>そのものを より強力なものに体系づけていくことだ。

繰り返すが 考えるという行為は

(1) その人の<記憶> と

(2) その人の<思考の方法>

によって行われる。

つまり この2つが 思考の結果を左右する。

しかし これまで多くの思考の技術は
(2)の 「思考の方法」ばかりを論じてきたように思う。

これに対して マンダラートは
(1)の<記憶>にも 焦点を当ててきた。

なぜなら この (1)と(2)は 足し算ではなく掛け算だからだ。

どちらか1つだけでは 答えは 「限りなくゼロに近い」。

「マンダをラしよう」
「そのマンダを 沢山ストックしよう」
「あなたのマンダを創り上げよう」

言葉は違っても 言っていることは 同じだ。

■ マンダとは 何か?

ここで マンダについて おさらいしておこう。

マンダラという言葉は 古代サンスクリット語で マンダとラの合成語だ。

マンダとは モノゴトの本質や心髄を指し
ラとは そのことが達成・完成・成就する という意味の接尾語だ。

つまり マンダラとは
マンダを目指し 達成・成就させること
または 成就・達成されたもの という意味になる。

したがって マンダラを使って「考える」 ということは
この マンダを追求する ことに他ならない。

考えたことの成果は
その物事の マンダを掴んだか どうか で判断される。

思考力の差とは 「マンダを掴んだかどうか」 なのだ。

こうしてマンダを目指すなら 当然のこととして

「マンダとはどういうものか?」 を知っていなければならない。

つまり 何を求めればいいのかを知らなければ
そのものを手にすることは出来ないからだ。

■ マンダラートの体系

現在 マンダラートの体系は iMandalArt や Palm版V.2.0 で見るように
GET・MANDA・LA・ART という4つのフィールドで出来ている。

この体系は 生きるための 能力の体系だ。

このマンダラの中心に あなたが載ったとき
縦軸にある MANDA と ART で 思考力が示され
横軸の GET と LA で 行動力が示される。

まずは 縦軸 に話を絞る。

先ほど私は
思考は <記憶> と <思考の方法> によって行われる と言った。

それが この縦軸の MANDA と ART だ。

つまり MANDA とは <記憶>であり ART とは <思考の方法>だ。

ART が
思考のツール<マンダラ>を使いこなす技術(アート)
であることに違和感はないだろうが

MANDA が<記憶>である と言われてとまどうかも知れない。

そこで この<MANDA> を展開したマンダラを 見てもらうことにしよう。

そこには 次のようなセルが並んでいる。

・ Money
・ Internal
・ External
・ Prospects
・ Week
・ Month
・ Year
・ Life

これが MANDA の中身だ。

マンダラにおいて 中心セルは 常に自分とオーバラップして向き合っている。
この MANDA も同じだ。

それに従えば
これは Your MANDA であり あなたにとっては My MANDA なのだ。

つまり この8つのセル群は
・ My Money           私の 社会感覚
・ My Internal         私の 内面(思考力)
・ My External        私の 外面(行動力)
・ My Prospects      私の 見通し(予測能力)
・ My Week              私の 今週・今日
・ My Month           私の 今月
・ My Year               私の 今年
・ My Life                私の 人生

に他ならない。

ここに創られた世界こそが 自分のマンダであり
自分の <記憶>となって いくものなのだ。

つまり MANDA とは あなたの<記憶>の本質 をいうのだ。

■ MANDAを追求することの意味

さて 人生とは 思考と行動を 積み重ねることだ。

うまく積み重なれば それは 集積回路にも似た 思考の演算装置にもなるし

パワーを統合しきれずに終わっている こともあるだろう。

マンダラートの体系は 思考と行動のエネルギーを拡散させないで
積算させていくための構造をデザインしたものだ。

あなたの思考は 縦軸の MANDA と ART で行われる。

そして その成果は MANDA に組み込まれ 次の思考のパワーになる。

縦軸で対面した2つのセルは 相互に思考のエネルギーを循環させ
成長していくようになっている。

(その思考の対象は 横軸に用意された GET と LA なのだが
その話は また後日にしよう)

マンダラートは
目前の問題を解決しながら
問題解決の能力を 高めていく装置 なのだ。

そのことに 気づいて欲しい。。

ここ MANDA に 集積されてくるのは 思考のテンプレートだ。

ただし 固定化されたテンプレートではない。
常に 新しいマンダを発見し続ける 活きたテンプレートだ。

それを あなたは いくつ持つことが出来るか? なのだ。

あなたが このようなマンダを 集積させること
それを 能力開発 というのだ。

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