blog: Mandal-Art Eye

今泉浩晃のMandal-ArtEye

iMandalArt のアーカイブ
October 12th, 2009 Hiroaki Imaizumi

マンダラの 使い方

■ アタマとともに 人生を生きるためのツール

マンダラートは 一言でいえば 人生のためのツールだ。

あなたの人生のために最も使う 「あなたのアタマ(脳)」 を
サポートするツール ということになる。

したがって前号の 「正しいアタマの使い方」に 話は尽きるのだが
今回は マンダラの使い方という視点から 眺めてみることにしよう。

ところで アタマを どう使うべきか を説明することは出来ても
何に使うかに 口を挟むべきではない。

人それぞれが 自分のアタマを 「何に使うか?」
を見つけなければ ならない ということだ。

だからこそ アタマを何に使うか? は 人生最大のテーマとなる。

人生のためのツールとは 「考えること」 だけではない。

あなたの日々の生活 1日24時間のなかで
どのくらいが 「考えて」 いる時間だろうか?
その他の時間では 何をしているか?

「考える」とか 「発想する」 などということは
人生の ほんの一部であって
重要なことは まだまだ沢山ある ということだ。

それら さまざまな 脳の働きに 対応できなければ
「あなたのアタマ(脳)」を サポートするツール などとは言えない。

例えば 前号で 「アタマの使い方」は

(1) いろいろなことを知ること
(2) 知ったことから 原理原則(マンダ)を導き出すこと
(3) 原理原則に沿った行動を組み立てること
(4) 組み立てた行動を 実践していくこと

と書いた。

マンダラは これらすべてで 効果を出す。
このようなツールは かって無かった。

まったく新しい概念のツールとの出会いなのだ。
マンダラートの理解が 難しいのは そのためだ。

先ほどの  (1)から(4)までの すべてが マンダラの上に載る。
すべてが 同じフォーマットに依っている。

アタマは 常に 同じフォーマットで動いている!

勉強であろうと 仕事であろうと 遊びであろうと だ。

私たちは たった1つのアタマで
何から何まで 人生のすべてを やりこなしている と考えれば

しごく当たり前なことだ。

■ マンダラを使おう

マンダラそのものの 使い方については すでに ご存知の通りだ。

iMandalArt では ART の項で説明しておいた。

(1)  任意のセルに テーマを書く
(2)  周辺セルに 思いつくことを書く
(3)  納得がいくまで 書きなおす
(4)  8つ書き出せれば 問題は解決する

もちろん それぞれのセルを拡大すれば もう少し詳しく書かれている。

が 要は これだけのことだ。

これだけだから 至極簡単であり
簡単であるから 奥が深い。

これまでの 私の経験では
疑いなくマンダラを受け入れてみたヒトは 即刻 効果を出した。

特に 小学生の活用例などは 目覚ましいものを見せてくれた。

もちろんオトナだって 即効性の効果を出す。
しかしオトナのプライドが マンダラを素直に認めたがらない。

「書いたのは自分のアタマなんだから」
「別にマンダラでなくても 書けるはず」 と考えてしまう。

もちろん その通りだ。

考えたのは あなただ。
あなたの脳が 書きだしたのだ。

マンダラが 考えたのではない。
この先だって 決して マンダラが考えてくれたりはしない。

なぜなら マンダラは ツールだからだ。

この先 いつになっても これは変わらない。
あなたに代わって ツールが考え出すなどということはない。

マンダラートは あくまでも
自分のアタマで 自分の思うような人生を創っていきたい
という人のための ツールであり続ける。

そのために こうしろ ああしろ とは言わない。
使い続けることによって 使い方を さまざまに工夫し 発見していくのだ。

マンダラは 自分のやりたいこと したいこと 欲しいものによって
どのようにも変化し 対応していける。

マンダラートの「アート」とは そのような意味なのだ。

よく 「使いこなす」 という言葉 が使われるけれど
「使いこなす」とは どういう意味なのだろうか?

「使いこなす」とは 単に 操作に慣れる ということではない。

では何か?

マンダラを 使うことによって 何かを発見すること だ。

それまで知っていたこと 分かっていたことなどの
別の側面が 見えてくる とか
まったく新しい見方に気づく とか だ。

知識の 変化・変型が柔軟になり 応用がきくことだ。

さらには
マンダラの 新しい使い道に気づく など
さまざまな効用を体感し 発見していけることだ。

もちろん そうなるためには 使い込んで いかなければならない。

この「使い込んで」いくための アドバイスをしてみたい。

■ ただ漠然と 開く  (ちょっと試しにヤッテみる)

マンダラートは 初めて体験した人でも
大きな効果を <感じる> ことができることが 特徴だ。

マンダラの効用を挙げてみるなら

・最初は 遊び心で始めることができる
・どこから書いてもいいから 気が楽に始められる
・いつでも セル単位で 部分修正が可能だ
・リラックスして やっていける
・矛盾したことも 平気で書いていける
・8つのセルを埋めればいい というゴールが明快だから やる気になる
・ついホンネを書いている自分がいる
・最初から順序を考えなくていいから 思いついたことから書ける

1つ1つは 僅かなことだけれど
これらが収束して生まれる環境を 一言でいえば
マンダラは <Optimal Stress> を生み出してる場なのだ!

Optimal とは 「最適な 最善の 最も有利な」という意味であり
Stress は あのストレスだ。

つまり
「最も有利な 最適なストレスを生み出す装置」 がマンダラだ。

ストレスと言うと
そんなものはない方がいい と思われるかも知れないが

ストレスの まったくない状態とは
人間にとって 怠惰で 倦怠な やる気のない状態だ。

スポーツ選手などを考えると すぐに分かる。
その選手が 最高の状態でプレー出来るときというのは
プレッシャーがあり過ぎてもダメだが
逆に 緊張感がまったく無いのもダメで

最高の状態とは <Optimal Stress> の状態なのだ。

この状態を どのようにして創り上げていくか が
能力を最大に引き出すための キーポイントになる。

マンダラは そのような状態を 知らず知らずのうちに創ってくれるのだ。

■ 意識して 開く

さて 「漠然と」開いても こういうわけだから
「意識的に」開けば その効果は 計り知れない。

だからといって 理詰めで開け と言うのではない。

リクツや ロジカルに考えるのではなく

・潜在意識を活性化させて考えること

これが マンダラに向かったときの正しい姿勢だ。

リクツで 発想が生まれるわけではない。
ロジックで アイデアが生まれるわけでも ない。

むしろ 発想やアイデアを妨げるのが リクツなのだ。

思考によって これまでになかった視点を見い出したり
より効果的なプロセスを 発見したかったら

私たちの 脳の奥深くに沈んでいる 潜在意識を活性化させ
表面的なロジックの奥にある 感覚的なひらめきによって
思わぬ手がかりを 発見することだ。

ロジックの大半は 既成概念になってしまっていることを考えれば
納得してもらえるだろう。

前項で述べたように
せっかく <Optimal Stress> に浸っている脳を
理詰めという既成概念で縛り上げて 動きを封じるなどはナンセンスだ。

その意味で なかなか埋まらないセルが残り続けるなどということは
またとない思考のチャンスなのだ。

もう やけくそで埋めようとする。
たぶん ふだんなら書かないようなことを口走ってしまう。

その瞬間 金縛りだった脳が解放される。

もう何でも来い だ。

こうして 脳は 活き活きとアイデアを吐き出し始めるだろう。

しかし……

こうして吐き出せた アイデア と思えるものは
本当に価値のあるアイデアか?

マンダラは どんどん展開 できた。

次は どうしたら いいんだろう?

マンダラ構造は 展開と収束 だ。
ただし マンダラは
展開を続け 展開し終わったところで 反転し 収束に入る
というものではない。

展開し 収束しながら 次の展開をし
また収束しながら 次の展開に入っていく

という動きを 繰り返す。

呼吸と同じだ。

呼と吸のリズムで マンダラは 展開と収束を繰り返す。

収束とは 具体的に 何を指すのか?

収束とは 中心セルとの対話だ。

前項で 私は 「意識して開く」といった。

意識して とは どういう意味か?
それは 今自分は 何をしているのか? を無意識に意識することだ。

だからと言って 意識が 表に出過ぎてもいけない。

開くときには 意識しない。
つまり 「呼」のときには 無意識で吐く。
そして 「吸」のとき 意識を持たせる と言えばいいだろうか。

では 意識を持つとはどういうことか。

中心(セル)を意識することだ。
吐き出したセルが 中心セルと どうフィットしているかを意識することだ。

ここで 中心セルとは何か? が問題になる。

■ 中心セルによって マンダは ラされる

中心セル それは……

・まず それは「問い」だ それに対する答えが欲しい
・それは テーマであり
・課題であり
・問題だ
・考えるべき 対象 だ
・ときには 誰のため? 相手の顔が浮かぶ
・そしてまた それは自分だ 自分自身だ
・自分の願望であり 欲求だ

このマンダラを 自分の言葉で創っておくこと をお勧めする。

周辺セルに書き出したものは
これらの項目に対応して 生まれたハズなのだ。
納得のいく周辺セルになっているか?
それを「問う」ことが 収束だ。

以上が マンダラを開く ということの意味だ。

特に難しいことは何もないはずだ。

もし難しいと感じるなら
あなたが リクツで操作しようとするからだ。

マンダラ構造を 脳の構造だと受け入れて
アタマに浮かんだものを そのままマンダラに 預けてしまえばいいのだ。

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September 29th, 2009 Hiroaki Imaizumi

アタマの 正しい使い方  (保存版)

■ アタマは どう使ったらいいのだろう?

正しいアタマの使い方
というものが あるのかないのか知らないが

私は 長年の「脳の機能」の考察を通して
次のように考えている。

「アタマの使い方」の理想は

(1) いろいろなことを知ること

(2) 知ったことから 原理原則(マンダ)を導き出すこと

(3) 原理原則に沿った行動を組み立てること

(4) 組み立てた行動を 実践していくこと

以上のことに尽きる。

こまかなことは いろいろあるだろうが
大筋では これだけのことが出来ればいい。

そして言うまでもない
iMandalArt というツールは これらを実践するためにある。

このような 「正しくアタマを使える」ようになるためには
どのような勉強をすればいいか?

それも 「アタマの使い方」から 導き出せる。

(1) いいものを沢山見ること 知ること

(2) そこから 原理原則を 沢山知ること

(3) 知識よりも その知識を導く方法論を学ぶこと

(4) 行動を支援するシステム を持つこと

たったこれだけだ。

ただし

勉強してから それを使って何かをする などという発想は古い。

あなたが やりたいこと
つまり 達成したいことを追及しながら
その過程で学ばなければ 本当の実力は 身にはつかない。

実践の場から学ぶ! これが一番現実的なのだ。

■ いろいろなことを 沢山知る!

目的や目標を持っている人は
放っておいても努力し 創意工夫をこらすだろう。
当然 勉強だってする。

一番やっかいなのは やることがない という場合だ。
夢がない 希望がない 意欲がない。

例え やる気になったとしても 「何をしたらいいか分からない」。

マーケティングでは
「知らないものは欲しがれない」 と言う。

あなたの 願望や欲望を 考えてみて欲しい。

どこで それらの願望や欲望を知ったのか?

あなたの中から 自然に生まれてきたものではないはずだ。
どこかで それを知ったから 欲しくなり やりたくなったはずなのだ。

人間の脳もまたコンピュータと同じで
インプットしてないものは アウトプット出来ない。

インプットされたものしか 出てこないのが 原理原則だ。

その意味で アタマの使い方の第一歩は
「いろいろなことを沢山知る」 ことから始まる。

ここで「勉強の仕方」に触れるなら

知るならば いいもの 優れたものだけ を知ることだ。

脳に 何が入っているかが問題になるなら
いいもの 優れたものだけが入っている方がいい のは当然だ。

骨董屋の修行は 本物ばかりを見ることだ と言う。
それと同じことだ。

どうすれば いいものばかりを見られるか は
また別の機会に触れることにしよう。

いずれにせよ この 「いろいろなものを沢山知る」こと
これしか 脳を育てる方法はない。

ここのステージで 脳の素質が 決まってしまうからだ。

■ さて あなたは何を GET したか? したいのか?

あなたの人生は あなたが GET したもので創られる!
これも この世の「原理原則」だ。

あなたの今を 考えてみれば それは分かる。

あなたが GET してこなかったもの GET できなかったものは
決して あなたの人生を創っていないことに 気づくだろう。

それは これからの人生においても同じだ。

だからこそ この「GET」を考えることに意味がある。

iMandalArt の GET は
とにもかくにも あなたが GET したいものを書き出しておくスペースだ。

同じように GET したものを書いておくのも意味がある。
あなたは何を GET しているのか?
それを役立てているか?

せっかく GET したものを使えないのも 人生を貧しくする。

人生は 得たものを資本にして
次のものを得ていくように出来ているからだ。

言ってみれば この GET は
あなたの持っている「人生の資材」の倉庫のようなところだ。

ここが充実していることが 明日を開く のだ。

そのために
この GET というコンセプトを しっかり把握しておいて欲しい。

この GET が 具体的に何を指すのかということだ。

具体的には GET という言葉を中心セルに載せ
四方八方から眺めて さまざまな様相を
周辺セルに 書きだしてみるだけだ。

GET という一言の中に さまざまなシーンがある。

それは <NEEDS>であり <WANTS>であり <ToDo>であり
<GoTo>であり <Experience>であり <Knowledge>などなど
さまざまなフェイズがあるだろう。

これらを確認しておくことで
あなたは この GET が
いかに自分にとって重要なことだったのかを
確認することが出来るはずだ。

■ 原理原則(マンダ)を導き出すこと

沢山のことを知る とは どういうことか?

物知りになることではない。

例え あなたが 歩く百科事典になったところで
今の世の中 あなたの人生が開けるわけではないからだ。

沢山のことを知るのは
それらから 物事の「原理原則」 を知ることなのだ。

経験を積む ということは そういうことだ。

では どうやってマンダを導き出すか?

それこそが マンダラートの目的だ。

マンダラとは マンダを見つけ出すこと。
マンダを 見つけ出せるカタチを マンダラと呼ぶのだ。

マンダには 基本的な構造 カタチがある。

・ 中心と周辺 という構造であり

・ 中心は 周辺によって支えられており

・ 周辺は 中心によって創られている

これが マンダラートの画面を創っているカタチだ。

このカタチを使うということは
マンダを見出す訓練をしている ということであり

発見したマンダを基に
これからの思考や行動を 組み立てていくことなのだ。

正しいアタマの使い方とは
そのまま 正しいアタマの機能を育んでいくことなのだ

勉強 学習とは
それだけをすることではなく

日々に 目的を達成する行動をとりながら
学び 成長していくのだ ということが 私の主張だ。

■ 考えるということは <これから>への対応だ

考えること 行動することは
すべて 今から先のことへの対応だ。

すぐ目の前のこともあり 少し先のこともある。
さらに 何が起こるかわからない ずっと先のこともある。

いずれにせよ 人間の思考や行動は
未来への対応であり

そこで求められる能力は
どんな状況にも対応できる能力 ということなのだ。

学習のマンダ(本質)は 再現性の習得だ。

<このような場合> は
<こうすれば>
<こうなる>

という型を習得することで

<このような場合> になったときには
<こうすれば> いい

と判断し行動できること。

これが学習の目的であり 目標だった。

つまり 学習とは 型を再現し 効果を再現できることだ。

世の中の 環境や パラダイムが 変化しない限り
この方法は 最も効率的であり 効果の高いものだった。

しかし 環境が変わり パラダイムが変化したらどうか。

こうして こうすれば こうなる <はず>の 効果が再現しなくなる。

変化の激しい時代には
なまじな型を知っているだけ では対応できないのだ。

このような時代には
型を変化させ 技を編み出すことで対応するしかない。

つまり 技や型の 基本原理を抑え
その原理を活かした新しい型や技を 生むチカラがいる。

このような マンダを見い出し 状況に対応できる
体勢を持っていなければならない。

今の時代の学習は
知識や 型の習得ではなく
マンダの集積で 状況に対応する体勢を創っておくことだ。

これを iMandalArt では MANDA と呼ぶ。

ここ MANDA には
あなたが習得していった MANDA の集積回路が組まれる。
つまり ここは あなたの学習結果であり 学習目標なのだ。

だから 最初は空欄だ。

当分 空欄かも知れない。

その間 この空欄を何で埋めようか を考えればいい。

人の脳は 見たいものを見るように特性づけられている。

見たいと思っていれば それが見えてくるのだ。

■ MANDA は あなたの現在・過去・未来

MANDA は いうまでもなく あなたの過去の経験から生まれ
現在の行動を <決めて> いるものだ。

そして現在の行動は すべて
あなたの Prospects(見通し)に立って 行われている(はずだ)。

重要なのは このプロスペクツだ。
これを欠いた行動は 基盤がぐらつく。

どれほどの人が それを意識しているだろう?

実は 私たちの日常の動作は 未来予測をした上で なされている。

一瞬の判断というのは この予測なのだ。

階段の高さは このくらいだろうという予測のもとで足を踏み出し
向こうからくる あの人とは あの辺りですれ違うだろう
という予測のもとで すれ違いに(無意識にではあっても)備える。

ところで この予測のベースになるものは何か?

それこそが モノを見る目であり モノを観る眼だ。

学習や経験の意味は この目や眼を鍛えることなのだ。

この学習や経験の成果は あなたの内面と外部(環境)に集約される。
つまり Internal と External だ。

以上 これらが充実してきたとき
あなたは 融通自在 トッサの判断で 環境に対応していけるはずだ。

このような 自分の MANDA を創っていくこと
それが ここ MANDA の目的なのだ。

■ 願望とプランは 行動を待っている!

私たちは ときに願望や欲望を持ち それをプランにまで高める。

しかし 1年後
そのプランが忘れられている ことなどが ないか?

なぜか?
なぜそうなるのか?

理由は簡単だ。

それを <やらなかった> からだ。

意識を そこに集中しなかった からだ。

人間は 意志が弱い と思った方がいい。

そこを考えないプランは 崩壊していく。

行動には 行動させるシクミ が必要だ。

それは難しいことではない。
ほんの チョットしたことだ。

そのシクミを LA という。

LA とは 成就・達成する させる という意味だ。

そうしたいならば
そこにエネルギーを注げ ということだ。

時間を創れ ということだ。

あなたが 朝起きた まさにその時

今日は 今は ここに集中しよう!

と明示してくれるシクミが あればいい。

それが この LA なのだ。

あなたの今日は ここ LA と向き合うことなのだ。

GET で書き溜めたことから まずはコレ と思うことを
最大8つまで ここに呼び込んでおく。

そうすることで ここ LA を開けば
あなたがするべき最重要な案件が すべて眼に入る というシクミだ。

ここを開けば すぐにワークに入っていける。

そのまま そのマンダラで開いていけばいいだけだ。

これでやれなければ
後は どんな手法もない と知るべきだ。

こういうシクミを持つことの意味は 想像以上に大きい。

■ 優れた教師は 知識ではなく方法を教える

情報のあふれる時代に 知識は無力だ とまでは言わないが
知識だけでは無力 であることに間違いはない。

知識は 次の方法を生み出す 素材でしかないからだ。

いかに優れた素材があろうとも
その素材を活かす方法を知らなければ 宝は持ち腐れる。

スイスのグラフィックデザイナー カール・ゲルストナーは

「デザイナーは 個々の問題を解決する仕事よりも
個々のデザインの解決を引き出すことのできる構造(ストラクチュア)を
創造することを心掛けるべきである」 と言った。

若い日に この言葉に出会って以来 これは私のマンダになった。

マンダラートは まさに この観点からデザインされた。

個々の思考のデザインを 引き出すための構造(ストラクチュア)こそが
マンダ+ラ というカタチであり その動きだ。

重要なのは
動きがなければ それはマンダラではない ということで
その動きを創っているのは 1つ1つのセルだ ということ。

セル(Cell)を 文字通り 細胞と理解したとき
マンダラに生命が生まれ 動きがもたらされる。

細胞は 単体では機能しない。

それさえ認知していれば もう多言は要しないだろう。

セルは 情報の「最小単位」なのだ。

その細胞は さまざまな結合を生み さまざまな意味をもたらす。
その構造こそが 知の構造であり 智慧の構造だ。

以上が iMandalArt の目指したことだ。

このような明快なシクミを 持ったからには 焦る必要はない

人生を楽しみながら ゆっくりとやればいいのだ。

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September 25th, 2009 Hiroaki Imaizumi

脳のツールに説明はいらない ?

■  ツールのデザイン の理想

・画面の動きが快感だ

・触っているだけで楽しい

・触っていて気持ちがいい

・なぜか触りたくなる

・意味もなく動かしてみたくなる

・気がついたら開いている

・時間のたつのを忘れさせる

・ etc

これは iMandalArt の Design Criteria
つまり デザイン目標の一部だ。

このようにデザインされたものを
なんとなく触っているうちに

脳が目覚め 活性化してきて
それの使い方を 発見し始める。

脳のツールを創るための デザインは
こうあるべきだ と考えた。

脳に リクツでパラダイムシフトを求めても
そのコンセプトが 新しければ新しいほど
脳は なかなか受け入れようとはしない。

リクツで行動を変えていこうとする脳など ないからだ。

例え一時 そうすることはあっても
いつか それをしなくなる
そんな経験は 誰しもが持っているはずだ。

つまり

脳のツールに 説明はいらない。

まずは手にしてみようと思える インタレストが 喚起されること。

手にしたら わけもなく面白く思えること。

そして いじっているうちに 脳が活性化して
そのものを 自然に理解していっている
という状況が 自然に生まれること。

それが 脳のツールをデザインするための 大条件なのだ。

■ 脳のツールとは 人生のためのツール

説明なしで理解して欲しい と思った理由が もう1つある。

それは 言うまでもないことだけれど

脳のツール 思考のツールとは 究極的に
その人の生活や人生を創っていくツールだということだ。

アタマは 四六時中働き
その対象も 人によって千差万別だ。

したがって なまじ説明することが 誤解のもとになる。

大上段に振りかぶってもダメだし
足もとからせめても スケールを限定することになる。

なによりも 「人生のためのツール」 という言葉自体
理解に 大きな差が生じているはずだ。

とはいえ 人それぞれ 何かを考えているだろう。

ならば まずは自由に
自分なりに使ってみられればいいのではないか。

つまり

使っていくのに 制約は一切ない というのがいい。

必要なのは 何を考えようが
考える人の「発想」を妨げないことだ。

だが 一方で 最初はよくは分からないが
そこには もっともっと奥深い
何かがありそうだ という感じさせることも大事だ。

それがあって初めて
もっと理解しようという気持ちが生まれ
成長が 促されれる。

脳のためのツールには
そんなデザインが 必要だ。

■ <脳の特性>を デザインしていく

現代は 過去に比べて 極端に
脳に負担のかかる 時代になっている。

そのために 脳をサポートするツールが模索される。

そのようなツールが数多く生まれてはいるものの
それらはほとんどは単機能
つまり 脳の一部の機能しかサポートしていない。

そのため複数のツールを使いこなす煩雑さという
新たな負担を 脳にかけはじめている。

考えてもみるがいい。
脳は たった1つで
人生の ありとあらゆることをやっている。

脳はシームレスに 生活そのものに対応している。

晩酌の肴の選択から
企業経営 国家経営の判断まで をこなせなければ
それは脳のデザイン 思考のツールとは言えない。

この<脳の特性>を生かしてこそ
脳の機能を最大限に引き出すことができる。

では <脳の特性> とは何か?
当然 それを マンダラで展開してみることから始まる。

今ここに羅列して見せるけれど
これはマンダラの上に描かれたものだから
ぜひそうして見て欲しい。

そうすることで あなたなは あなたなりに
セルを動かして これら特性の関連を確かめてみられる。

さて それらは こうだ。

・動くものに注意がいく

・空白部分があるとそれを埋めようとする

・見たいものだけを見る

・都合のいいように解釈する

・好き嫌いでものを見る

・情報を増幅し消去する

・ROMは膨大だがRAMは僅かしかない

・思考の持続時間も僅かしかない

これらが どのようにデザインに関与し
iMandalArt のデザインとして カタチになっていったか
それは あなたに考えてもらうことにしよう。

説明されて 本当に理解されることは少ないからだ。

自分で見つけ出す つまり発見こそが血肉になる。

■ もう1つの脳の特性

もう1つ 忘れてはいけない視点がある。

それは<思考>することで
何を見ようとしているのか という思考の目的であり

どのように考えることが 正しい判断にいたるのか
という 思考の原理原則を捉えることだ。

どんなに思考が能率的であろうと
考えた結果がピント外れであっては 意味がない。

これに関しては
「脳は環境を模倣する」 という言葉で説明しておこう。

この世の生物の能力は すべて
「生存している環境に対応するチカラ」 だ。

その環境に対応できない生物は死滅する
というのが この世の大原則だ。

そのため脳は この世のスガタを
脳内に写し取ろうとする。

自分のいる環境が どんな原理で出来ているか
を知ろうとする。

こうして この世の存在原理が見えてくる。

それを言葉にすると こうなる。

・中心は 周辺によってつくられ
・周辺は 中心によってつくられる」

iMandalArt は この原理を
画面の動きによって 感覚的に意識させるようにデザインした。

これこそが 特に知って欲しい
マンダラートのコンセプトなのだから。

たとえ言葉にはならなくても
この原理に沿って「考えていく」ことが出来れば
リクツは知っても出来ないよりは はるかにいい。

このような眼をもって
iMandalArt に触れてもらえれば
いつか あなたの脳は パラダイムシフトする。

そのとき この iMandalArt のデザインが解るとともに
人生の伴侶として 生活を創るツールになっているはずだ。

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