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今泉浩晃のMandal-ArtEye

コラム のアーカイブ
August 5th, 2003 Hiroaki Imaizumi

コラム【言葉の八面体 023】 <理念>

「思考のエンジン」で「心のデザイン」という話をした。
そこで 心のデザイン つまり「理念」という言葉を もう少し掘り下げてみたい。

「理念」とは もともと哲学用語であって 簡単には説明できないが ここでは
「何を最高のものとするかについての根本的な考え方」(三省堂 新明解国語辞典)
としておこう。

これで「人生の理念」や「経営の理念」という表現も理解できるだろう。
生きていく上で 会社を経営していく上で 何を最も重要なこととして考えるか?
それを明文化しておき 日々の生活や経営の行動判断の基準にしよう というのだ。

この「企業理念」とか 「経営理念」という言葉は 
誰も知らない人はいないほど 普及していますが
実際に その「理念」があり 理念に基づいて行動が行われているか と言えば
あなたにお訊きすれば それが分かる。
どうですか? そうしていますか? そうしている人を知っていますか?

特にこの数年の 企業行動を見ていると
企業理念も 経営理念も すっかり忘れたか 初めからなかった企業の多さに驚く。
あるいは その理念が 
「自己の欲望達成のためには手段を選ばない」とでもなっているのだろうか。

一方 「人生理念」や「生活理念」という言葉は あまり聞かれないかも知れない。
それより「生活信条」とか「人生観」などという言葉の方が馴染みがあった。

「信念」と「理念」の違いは何か?
あえて言うなら 
理念には「理性から得た最も高い考え(旺文社 国語辞典)」という
知性や智慧によって磨かれた 普遍性をそなえたものがある という点だろう。

高度に「社会化」された環境で生きていくには 
心情的な「想い」だけではなく 理性的な「理念」が必要だ ということなのです。

企業経営においては
「事業成功の50%は 経営理念で決まる。
その経営理念が 全社員に徹底されれば 事業は80%成功する」
とまで言われています。

人生で成功するためにも この「理念」が重要な要素であることに疑いはない。
まして ビジネスから離れた人生を送る人はマレだろうから
何人にも 人生を送る「理念」を考え 成文化しておくことは重要だ。

人生の理念と 経営の理念とは 同じだろうか?
それとも???

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July 29th, 2003 Hiroaki Imaizumi

コラム【言葉の八面体 022】 <行動化>

18号で「情報化」という話をした。
それにつながる話を 21号の「談話室」でも した。

情報化の目的は「理解」であり 理解の目的は「予測」にある と話した。
予測は「行動化」するためのステップだから 情報化の最終目的は「行動」なのだ。

そして 行動の目的は 何かを遂行すること。つまり 目的や目標の達成である。

こうした私たちの「行動を支えるもの」を整理してみると
次のようなマンダラが 浮かび上がってくる。

 ┌─────┬─────┬─────┐ 
 │     │価値観と │     │ 
 │     │目的   │イメージ化│ 
 │     │     │無意識化 │ 
 │     │     │     │
 ├─────┼─────┼─────┤ 
 │行動を  │行動を  │行動の予測│ 
 │予測する │支えるモノ│     │ 
 │知識   │     │     │ 
 │     │     │     │
 ├─────┼─────┼─────┤ 
 │     │行動を  │     │ 
 │情報化  │決める知識│     │ 
 │意識化  │     │     │ 
 │     │     │     │
 └─────┴─────┴─────┘ 

まずは 私たちに行動を促す「目的」があり それは意識的であれ無意識であれ
長い間にわたって形成されてきた「価値観」に支えられている。

その目的達成のための「行動」に入るには その行動を「予測」する必要がある。
私たちは この「予測」なくしては テーブルのコップすら取れないのだ。

この「目的達成」の「行動予測」とは 脳の中にイメージを形成することだ。
このイメージ化が進めば進むほど 行動はスムーズになる。
日常生活の行動は イメージ化が確立して ほとんど無意識化している。
この無意識化したイメージを「習慣」と呼ぶ。

一方 情報化というサイドから行動を眺めれば
情報には「行動を決める知識」と「行動を予測する知識」があることが分かる。
何をするか? と どのようにするか? であり
さらに そのようにしたら どうなるか? ということを知ることである。
したがって ここは「意識化」する というワークに重点が置かれる。

このマンダラの対角線にあるセルを眺めると 面白いことに気づく。
情報化(意識化)は イメージ化(無意識化)されることが 暗示されているのだ。

ここでは 左上から右下への対角線上のセルが 空白のままになっている。
もちろん ここにも「何か」が入る。
何が入るか? ぜひトライしてみて欲しい。

PIM が「個人のための情報マネジメント」であるなら PIM は
このマンダラで示された「機能」を満たしたものでなければならない のです。

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July 22nd, 2003 Hiroaki Imaizumi

コラム【言葉の八面体 021】 <環境>

私たちが 生きている空間 生活している空間を 「環境」といいます。

別の言い方をすれば 「社会」ということなのですが
社会とは 私たちにとって「情報環境」なのです。

そのことについては すでに「5Wマンダラ」で述べました。

一方 自然環境も いまや「情報化」された 情報環境になっている。

「地球温暖化」の問題にしても 「エルニーニョ」の問題にしても
実感として「分かる」わけではない。

これらは 「情報」として「脳」に入ってくる「自然」なのです。

それに対して 本来の「自然」というものは「肉体感覚」に入ってくるものだった。

まずは「肉体」で 「五感」で受け止めるものであった のです。

では 「五感」で受け止めるものと 
「情報」として「脳」で 受け止めるモノは どこが違うのだろうか?

これまた「思考のエンジン」でも触れたように

「情報」として受け止めるモノは 脳の「状況」によって「変容」されていく。

あなたが どんな「意識」で その「情報」を受け止めるかによって

あなたがキャッチする「環境」は 違ったモノになってしまう というわけだ。

例えば 先週 TIPS で
「情報能力の強化」のために「今日の問い」を創ろうという話をした。

そこに 「政治」をテーマにした問いも 入れておいた。

この政治や経済「環境」の認識くらい 人によって違うモノはないだろう。

つまり「情報環境」とは あなたの脳が「創る」ものだからです。

さて ここからが問題だ。

それぞれの脳が 勝手に描き出す「環境」で モノを考えてしまうとどうなるか?

しかも その脳の判断で バラバラな行動を取り始めたら
社会は崩壊するしかない のです。

ここで 一番 気になることは
情報洪水とまでいわれる 情報の数々が 理解できないままに流れていることだ。

あいまいな情報 不正確な情報 言葉足らずの情報 さらには理解不能な情報。
これらは 単に消化不良で終わるだけではなく
私たちの 知力や脳力を 疲弊させていく。

さらに恐るべきは 隠蔽された情報 虚偽の情報 意図的に操作された情報だ。
あるいは 解らないことを望む カタチばかりの情報。

こうして 私たちは 生きている「環境」を 把握できなくなっている。

ほんとうに必要な「環境」とは
ほんとうに「理解」できる情報を 発信し合う「環境」なのではないだろうか?

そのために「情報化」の技を 身につけなければならない のです。

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